背景
何が問題なのかー支援現場の力関係
国際協力分野における性的搾取・虐待・ハラスメントからの保護(Protection from Sexual Exploitation, Abuse and Harassment: PSEAH)とは、開発・人道支援の現場において、支援を受ける立場にある人々を、支援従事者による性的搾取や虐待から守るための予防・対応の取り組みのことを指します。この問題は、援助機関やNGOなどの職員が支援を受ける地域の人々に対し、支援の見返りに性的関係を強要する、性的に搾取するなど、立場や権力を濫用することによって発生するものです。
許されない権力の乱用~人道支援における性的搾取・虐待・ハラスメントからの保護
PSEAHは、主に支援を受ける人々を性的被害から守ることを目的としますが、最近では、支援団体内部のハラスメントの予防と対応も組み合わせて考えることが主流になってきています。
また、紛争地域の停戦監視や文民保護を行う国連の平和維持活動(PKO)においても、軍人や文民要員による性的搾取や性的虐待が問題になっています。いずれの場合でも脆弱な立場に置かれた人々が被害者、犠牲者になるものです。
国連は、これらの問題に対応するために、いかなる性的搾取・虐待も許容しないという方針(ゼロ・トレランス方針)を打ち出し、2003年には、国連事務総長告示として「性的搾取・虐待からの保護に関する特別措置」を発出しています。また、平和維持活動要員に対して、予防のために啓発活動や研修なども実施しています。しかしながら、国連の2020年2月の統計によると、2018年から2019年にかけて、PKO活動における性的搾取・虐待のケースは43%増加しています。国連は性的搾取や虐待行為を行った個人に対し法的措置を取ることはできず、平和維持活動要員の出身国の国家のみが加害者に対して処罰を与えることができます。被害者の多くは、告訴さえできない状態に置かれているのが現状です。
開発・人道支援の現場での性的搾取・虐待は、ある大手国際NGOの職員が2010年のハイチ大地震の緊急対応期に、支援の現場で買春行為に関与し、離職していたことが8年後の2018年になって報道されたことから、国際協力セクターで大きな問題となりました。多数の被災者が出た地震の被害地で支援を行うはずのNGO職員による買春行為があったうえ、そのNGOの本部の責任者がこの職員を解雇せずに離職させていたこと、その理由を組織内でも十分に説明していなかったことが判明し、さらにハイチを離れた後、この職員は同業他団体の人道支援現場の職についていたため、NGOセクターの組織運営と説明責任のあり方について強い批判が上がりました。
また、コンゴ民主共和国で2018年から2020年にかけて発生したエボラウイルス症の対応に従事していた世界保健機構(WHO)の複数の職員が未成年を含む多数の女性に対して性的虐待・搾取を行う事態が発生しました。これらの職員は、支援地域の女性に対し、エボラ対応支援事業に関する仕事を約束する見返りに性的行為を迫るなど、性的搾取に従事していたほか、性暴力も発生していました。2021年9月にWHOによる調査が終了、性的搾取行為に関与した職員は懲戒処分となりました。しかし、被害者の女性への支援、補償は十分ではないという声もあがっています。
国際的動向
支援現場における性的搾取・虐待は、性とジェンダーに基づく暴力(SGBV)の一形態と考えられています。1992年に出された女性差別撤廃条約の一般勧告19号「女性に対する暴力」では、女性に対する暴力や虐待の問題を差別の一形態と位置づけています。また、女性を暴力から保護するために同条約の締約国は必要な措置を取る義務があるという原則を打ち出しています。その後、同勧告は、2017年に35号として更新され、女性に対する暴力を防止、撤廃するための立法、行政、司法レベルの義務を定義し、被害者保護のための政府の責任、指針を示しています。
2018年にNGOセクターに衝撃を与えたハイチ地震時の性的搾取についての報道があって間もなく、この問題はこの特定の団体や職員のみに帰するものではなく、人道支援セクター全体の課題であること、NGOの支援活動に対して資金を提供する政府機関や国連機関も一丸となって取り組まなければならない問題であるという共通認識が生まれました。
2018年10月には英国政府主催で国際会議が開催され、ここでは、①被害者及び告発者への支援、説明責任の向上、報告の強化、不処罰問題への取組、②強力なリーダーシップ、組織的な説明責任、より良い人事プロセスを通じた文化的変化の促進、③最低基準の採用・透明性、④組織的な能力の強化、を柱とするコミットメントを発表、同会議に参加した日本政府も署名しました。
また、2019年9月には、国連事務総長のもと、人道問題に関連する政策立案・調整、緊急人道支援の調整等を行う機関間常設委員会(IASC)が性的搾取・虐待からの保護の6つの原則を定めました。この原則では、人道支援関係者による性的搾取・暴力は、重大な違反行為であり、解雇の理由となることを明記、支援と引き換えに性的行為を求めることを固く禁じています。国連機関関係者だけでなく、事業実施のために事業実施契約を締結するNGO組織の職員もすべてこの原則に従うことが求められています。
さらに経済協力開発機構(OECD)開発援助委員会(DAC)においても、PSEAHに関する勧告が採択されているほか、各国政府も支援セクターにおける問題の予防と対応のために、指針や原則を打ち出しています。
また、国連専門機関は、支援の現場で提携するNGOなどの実施団体に対してPSEAHの規程、体制の整備を実施契約締結の条件とする方針を出しています。多くの二国間援助機関もNGOとの事業実施契約を締結するにあたって、PSEAHの取り組みの体制を求めるようになっています。具体的には、NGOに対し、PSEAHに関する行動規範の策定と提示を求めているほか、仮に虐待や搾取が発生した場合には、適切で迅速な報告を義務化する方向に乗り出しています。これらの機関は、契約先のNGOが予防や対応を適切に行わない場合は、契約を停止する権限を持つこと明らかにしています。
キーワード
以下は、PSEAHハンドブック日本語版4~6頁の用語集から抜粋したもの。関連資料はハンドブックの注釈を参考のこと。
- 性的搾取・虐待およびセクシャルハラスメントからの保護
(PSEAH:Protection from Sexual Exploitation and Abuse and Sexual Harassment) - 国際人道支援および開発支援の分野において、組織の職員や関係者による性的搾取・虐待、ハラスメントから、人々を守るために講じられた対策を指して用いられる用語。
- SEAH(SEAH: Sexual Exploitation and Abuse and Sexual Harassment)
- 性的搾取・虐待、セクシャルハラスメントを指す用語。
- 性的搾取(Sexual Exploitation)
- 脆弱性、力の格差、信頼を悪用した他者による実際または未遂の性的な搾取、性的な搾取から金銭的、社会的、政治的な利益を得ることなどを目的とする場合などを含む、但しこれらに限定されない。
- 性的虐待(Sexual abuse)
- 強制的に、または立場の不平等や威圧的な状況を悪用した、性的な身体への危害への脅しまたは実際の被害。
- セクシャルハラスメント(Sexual harassment)
- 容認できず、望まれない一連の性的な振る舞いや行為であり、他者に対して侮辱または屈辱的であると合理的に認識され得る行為を指す。性的暗示や強要、性的関係の要求、性的、口頭による、身体的な行為や意思表示への要求などが含まれるが、これらに限定されない。セクシュアルハラスメントは、一般的に職場で起こる問題であると広く認識されているが、職場および被災した人々に対する、組織の職員および関係者による容認されない行動が含まれる。
- 性的不正行為(Sexual misconduct)
- セクシャルハラスメント、性的搾取、性的虐待が含まれる。
- セーフガーディング(Safegarding)
- 各組織の職員、業務、プログラムが、子どもやリスクにさらされている大人を虐待や搾取にさらすような危害を与えないよう徹底する組織の責任のこと。この用語は、職員やその他の関係者による身体的、精神的、性的なハラスメント、搾取、虐待を対象とし、プログラム策定と実施に起因するセーフガーディングのリスクを範囲としている。現在多くの組織では、職場で起こる危害全般を対象として用語を使用することもある。